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北口裁判の本質

「北口」裁判の本質を斬る〜在日コリアンの人権運動を妨害する裏側にあるもの〜

在日コリアン人権協会ニュース リベール〜liber〜
第118号特集号(2006年4月25日発行)より転載

在日コリアン人権協会は、北口末広氏(近畿大学教授、部落解放同盟中央執行委員)が、在日コリアン人権協会に対して行った名誉毀損、妨害行為に対して、損害賠償を求め、*1提訴に踏み切った(2004年12月9日)。この裁判は北口氏個人の問題ではなく、部落解放同盟という組織にはびこる体質そのものに、問題の根幹があると思われる。「北口」裁判の本質について、人権協会の三役で語り合った。

在日コリアン人権協会三役

李相鎬会長
徐正禹副会長
呉成徳副会長

◆北口氏が妨害するわけとは

 「北口」裁判について、まず感想を語ってください。

 私は北口氏という人物をよく知らないけれど、なぜ解放同盟大阪府連の書記長という立場の人間が、同じ人権団体の妨害をするのかが不思議でなりません。差別事件を起こした日本生命に対して人権協会が確認会をしていたのですが、そこに北口氏が間に入ったことで、日本生命の態度が豹変してしまいました。また、*2大成建設での研修会でも北口氏による不合理な介入がありました。彼らが変わっていくようすを目の当たりにして、私は北口氏を被告として裁判をしなくてはならないと思いましたね。「北口」裁判については、一部日本人の体質や部落解放運動に対する問題を感じます。そのなかで人権協会がどのような立場でやっていくかということです。そして部落解放運動とはなんぞや、ということを考えたい。あらゆる人権を守っていく立場の人がこんなことをしていいのか。徹底的にやっていきたいと思っています。

 私は当初、裁判という形しかとれなかったのかなという思いがありました。私たちが広島で民族差別撤廃運動を始めたときに、多くの仲間たちと一緒に支えあいながらやってきました。そのなかで被差別者である自分自身が立ち上がることで、おのずと周りの状況も変わってくるということを教えてくれたのが、部落解放運動の人たちでした。そういう意味では非常に残念です。 *3KMJ研究センターが主催する夏期セミナーでは、「在日問題の研修に共産党員、しかも赤旗の元記者を講師に招いた。その講師が大阪府内のある被差別部落のことに触れた。それは許せない」ということで、私は解放同盟から怒られました。講師の話に対して、当該支部の人たちが意見を言うならわかるが、支部の人たちは一言も言っていなかったんです。しかも当該支部へは、打診もしなかったそうです。この有りようはいったい如何なものか。 残念だけど、北口氏のやり方は大国主義的なことをやっているアメリカと非常に印象としては似ています。自分が言うことはすべて正義で、君たちは私たちの指導を仰げばいいというふうにしか感じません。

 あの夏期セミナーのことはよく覚えています。講師について解放同盟が問題視したため、企業や行政がこのままでは後援できないと言ってきたんですね。

 それを、*4大阪同企連ではなく、北口氏本人が言ってきたんです。私は当時、KMJの事務局長でしたから、直接聞きました。

 夏期セミナーについて部落差別かどうかを検証しようという話でしたね。

 落差別だという断言ではなく、問題があるという微妙な言い方でした。私は当時、どういう問題か、地域の人はどう言っているんですかと何度も尋ねました。「支部には今から報告をする。何が問題かについては、それも含めてこれから検証していかないといけない」。ただひとつ明確な指摘は、赤旗の記者を呼んだということでした。「彼は今でも共産党員じゃないかと。共産党員を解放同盟大阪府連が後援しているセミナーに呼ぶとはどういうことか」とね。

 共産党の代表として招いたら、確かに後援団体に解放同盟も入っているので気を使わないといけないでしょうが、そうではないですね。講師依頼の際にいちいち「あなたはどこの党員ですか」と確認するのでしょうか。

 現実にはそう言われました。「北口」裁判につながるものの端緒として日本生命の問題があったけれども、日本生命のことがKMJのセミナーにつながっていったのでしょう。

 人権協会の活動について足元をすくおうとしたんでしょうか。

 このとき思ったのは、日本生命事件の前に、徐さんが人権協会会長のころ、日本生命の講演に行ったことがありましたね。当時の講演料は10万円で、その金額の根拠を聞くと「北口先生と同じ金額でお願いします」だったことを、よく覚えています。

 当時北口氏は日本生命とどういう関係にあったんだろうか?

 彼は日本生命の担当ということで、部落差別の問題について講演をしていました。その当時、1回の講師料が10万円だったそうです。

 大成建設のときも講師料について、北口氏の名前が出ましたね。

 人権協会は講師料などで事務所の運営や専従員の給料を払うため、出せるものならたくさん出してくださいとはっきり言いました。しかし、先方は北口氏と同じ金額でやってほしいということでした。

 なぜか北口氏の名前ばかりでした。10万円とは大きいですよ。普通の給料の半分ですから。

 他の都道府県の解放同盟の執行委員に聞くと「わしらはせいぜい2万かよくて3万円まで」と言いますよ。

 2,3万円なら準備や交通費もかかるし、まあ個人でもらってもいい金額ですが。

 私たちはできるだけ多くの金額を出してもらい、全部組織に還元し、運営に充てるという話をしたら、そのやり方が一番いいんじゃないかと別の県連の解放同盟の書記長さんから褒められました。

 そういうシステムを多くの企業に知っていただいているわけで、きちんと予算に計上していることも説明しています。私たちがなるべくたくさんの金額を出してほしいという理由のひとつに、私たち在日の運動体には補助金がないということが挙げられます。解放同盟と違って補助金がなく、家賃からなにから全部自腹でやっていかないといけません。在日が自腹で、日本人に気兼ねしながら、差別の問題を指摘しなくてはいけない話かということです。差別の問題は日本社会の問題なんですから、本来は行政や企業がお金を出して、自らを啓発するのが筋なんです。解放同盟の場合は研究所などいろいろな団体があり、それらは補助金をもらって運営しており、それ自体はいいことだと思いますよ。しかし我々は参政権がないことも大きなネックになって、予算がつきません。だから、在日の団体にお金を出す義務がありますよと、企業や行政にはっきり言います。そういうやり方が北口氏にとって耳障りだったんでしょう。

 そういえば、解放運動の関係者から、「補助金や奨学金は、自分たちが運動で勝ち取ったもの」という言い方をよくされました。そのたびに腹が立ったけれど。同じことを北口氏にも言われました。「解放運動が勝ち取ってきたものだから、あんたらもほしいなら勝ち取ったらいいやないか」。自分たちが勝ちとって築き上げてきたものを人権協会が横取りしようとしたように映ったのかもしれませんね。

 今回の日本生命や大成建設にしても、今まで解放同盟が全部とっていた金額を、在日コリアンの問題が生じたことで、パイが削られたと思ったのでしょう。

◆在日の運動を下にみる風潮

 日本生命事件で日本生命と北口氏との話し合いをしたとき、北口氏が「もともと同企連をKMJに紹介するという話に、俺は反対した。上田卓氏が被差別の仲間なんやからええやないかというから、仕方なく紹介したんや」と、関係のない議論のときに言ってきました。

 1991年に広島で、当時部落解放同盟の中央本部の書記長だった小森さんと話し合いの場を持ったことがありました。解放新聞のなかで、現在のソウルを「京城」と表記してあり、それはよくないだろうと、広島の民闘連で提起したんです。議論のなかで、民族差別がどのように日本のなかで行われてきたかという話で、私たちは部落解放奨学金の問題を提起しました。広島市内のある被差別部落は、朝鮮人の密集地でもあるのですが、部落奨学金はムラの子どもたちには出ても、朝鮮人の子どもには出なかったんですね。私たちは同じ地域に住んでいるのだから、在日の子どもたちに解放奨学金を出してもおかしくないのではないかと言いました。すると小森さんは「これは我々解放運動によって勝ち取った制度。ほしかったら君たちもやったらいいじゃないか」と言いました。話し合いが終わった後、解放同盟側に座っていた我々の友人が、「あの話はないわなぁ。解放運動をやってきたわしらにはそれを提起する参政権があるけれども、君らにはないもんな」と言ってくれました。だいぶ後になって、小森さんはあのときは悪いことを言ったと謝ってくれましたが。

 その話し合いの直前に、私は中央本部(当時大阪)に用事があって行くと、書記局の人が「解放新聞社が広島に行くはずが、なぜか小森さんがわしが行ってちゃんと言わないかんことがあるという。なんのことかわかるか」と聞かれましたよ。

 小森さんが一番言いたかったのは、「君らと僕たちは被差別者同士じゃないか。被差別の連帯を組まないといけない仲間じゃないか。それを糾弾するのは何事か。糾弾するのは日本社会じゃないか」ということでした。そして解放同盟からの回答文書には、「民族差別が起こる原因は、すべて教育の責任である」と書いてありました。しかし、部落のなかには教育を受けていない人がいっぱいいて、識字教育が始まったわけですよね。そういう人たちも、部落内の朝鮮人を差別するようなことをよく聞きます。どう考えても教育だけのせいではないはずです。

 共産党と解放同盟との対立の原点はそこなんです。共産党は同じ労働者階級なのに、なぜ労働者を糾弾するのか。権力を糾弾するのはわかるけれど、労働者階級同士でもめるのはおかしいと提起しましたね。

 全員とは思わないが、解放運動をやってきた人のなかに、朝鮮人の民族差別撤廃運動を下に見ている部分はすごくあると思います。小森さんがそうだし、北口氏もそう。さきほどの交渉で2回目のときに、被差別連帯ということをしきりに解放同盟の人たちが言うから、被差別連帯の中身を言ってくれと言いました。はたしてあなたたちと朝鮮人が本当に連帯してきたのか、どこと連帯してきたか、中身を言ってくれというと、総連と一所懸命連帯してきたみたいなことを回答するわけです。それはそれで大切にしたらいいが、総連に加盟していない多くの在日コリアンとはどうするんですか? と言うと、要望があったら聞きましょうと。それを聞いて私たちは顔を見合わせて、落胆しました。2度とこんな交渉をしたくないと思いましたね。

 要望ということは、こちらが陳情しているような格好ではないですか。対等な関係ではないですね。

 それが被差別連帯の中身だと思いました。今回の北口氏の問題と非常に似ていると思います。

 解放同盟はやってあげているんだという意識が強いんでしょう。北口氏も同じように。

 北口氏はそういう意味でいえば、面倒をみてやったという善意による行為かもしれません。それなのにわしらがつくったものを取っていきやがって、という思いがあると思います。

 北口氏は裁判の答弁書に「自分は今まで人権協会を支援してきた」と述べています。しかし連帯とは書いていません。「人権協会に企業を紹介してきたが、その企業から人権協会に関する相談があったのでのりました」という言い方ですね。事実は、北口氏から企業を紹介されたことは一度もありません。北口氏の「支援」とは「妨害しない」という意味です。つまり支援していないということは、妨害するということです。

 徐と北口氏の喧嘩ですべてが終わってしまってはいけません。部落の人たちと在日コリアンはどうあるべきなのかを考える裁判をしたいですね。

 そもそも、今回の裁判の起点となった大成建設の学習会で徐正禹が講師料をもらい損ねたという損害賠償について、北口氏は「人権を語るものが、学習会の講師料などと、経済的対価を訴えたことは考えられない」と言うわけです。しかし、北口氏は自分はあちらこちらから講師料を取りまくっているのに、堂々とそんな文書を出すわけですよ。

 やはり、部落解放同盟が作り上げたパイがあって、それを横取りされたと思ったんだね。自分たちが正しくて、横取りする人権協会は正しくない(笑)。

 差別をされている存在という意味では部落も在日も対等じゃないか。だから同じ土俵、スタートラインということでしょう。

 小森さんは地道に運動を重ね、お金のないところからやってきた人でした。でも、北口氏は出来上がったレールに乗ってきた人でしょ。小森さんが言っている意味と北口氏が言っている意味は違いますよ。

◆解放同盟の在日に対する歴史的総括を

 結局、解放同盟は思想的・歴史的な総括ができていないと思います。特に日本人の左翼運動が在日朝鮮人運動、在日そのものに対してどのような対応をしてきたのか。そういう総括がないままに今に至っていますね。やはり対等にはみていません。解放運動でいうと、*5オールロマンス事件がそうで、事件を契機に行政闘争が始まって、解放運動が飛躍的に拡大するわけだけど、きっかけとなったオールロマンスの記事は実は朝鮮人の問題なんです。今では周知の通りですが、それをネタにして、部落差別にすりかえて、結果、京都から地域改善事業が始まり、その過程で朝鮮人を追い出していくわけです。それが当たり前としてやってきたのに、未だ総括されていません。 八尾の安中地区もそのひとつでした。当初、朝鮮人は団地に入れず、地域の公立保育所も1年目は入所できませんでした。しかし安中支部は朝鮮人に奨学金は出していたんです。そのきっかけは、この支部でも住宅闘争が始まり、当時は保守系の同和会の力もあって、住宅闘争をしなくていいという動きが一方にありました。それでムラのなかの数集めとして、支部が朝鮮人にも声をかけたんです。「団地ができたら私たちも入れるのか?」「おお、保障する」というように。その結果、運動が実って団地ができると、入る順番が発生しました。すると「あんたら朝鮮人はだめ」ということになり、かなりもめたんです。そのときにどこかで妥協しなければならず、結果、朝鮮人に解放奨学金を出そうということになりました。団地は定員が決まっているが、奨学金は人数が決まっておらず、支部にすれば腹が痛くないわけです。それで奨学金については朝鮮人も平等ということで八尾市に働きかけて、市の予算から捻出しました。 そのときも聞きましたよ。「あなたたちも運動をやったらいいじゃないか」と。

 確かに解放奨学金について、朝鮮人がダメというのは理屈としてわかります。しかし、自分たちだけ権利を享受し、一方では同和地域の住民だから一緒にやろうといいます。それはおかしいという発想が解放運動の人たちにも、朝鮮人にもなかったですね。

 部落民のための奨学金だから、あんたらは部落民じゃないというのはわかります。ところが昨日今日引っ越してきた日本人には出すわけです。これはあきらかにおかしい。

 血統主義ではなく、そこに住んでいるかどうかが基準でしょ。

 ところがそこに国籍条項を取り入れ、朝鮮人はダメとしました。それが未だに総括されていません。もっとはっきりしたいのは団地で、日本人と朝鮮人の夫婦のように片方が日本人だとOKなんです。日本人の妻、朝鮮人の夫という場合は、妻の名前で申し込むと受け入れてくれるなど、とことん、血統主義なんです。被差別部落の公営住宅というけれど、多くは立ち退きによる改良住宅だから、制度上は国籍条項はないわけです。同じように立ち退きをした朝鮮人もいるのですから。法律・制度では問題はないのに、解放同盟が入れないようにしてしまいました。それを役所が認めたのもおかしなことです。当時は窓口を一本化するといって、解放同盟の支部が入居の事業を市から委託されてやっていました。まさに解放同盟が差別しており、戦後補償問題と同じですよ。

 解放同盟の功罪はいろいろありますね。

 たしかに日本のなかで人権運動をこれだけ盛り上げてきたのは解放同盟だし、その功績はみなが認めるものだけども、そのマイナス部分は総括されないといかんと思います。

 そのとばっちりを受けるのは在日コリアンが多かったですね。

 この間の人権協会が受けたものも、ある種そのとばっちりに見えると思います。

 これらの問題は非常に根が深いと思います。北口氏個人の問題というよりも、今日の解放運動そのものの体質もあるし、もっというと日本人全体の体質と共通しているものがあるのではないでしょうか。

 

 日本社会が取りこぼしてしまったものというか。

 北口氏の裁判に対しては、そういうことまで明らかにする価値はあるわね。

 しかし、裁判でそこまで求めるのは非常に難しいでしょう。

 ただ陳述書は自由に書けますよ。

 指紋押捺拒否裁判と非常に似ていると思うのは、あのときの裁判では指紋押捺制度に置き換えて、日本社会の差別性を問いましたね。在日の問題を、左ひとさし指に乗せて訴えていくというのが当時の私たちの方法でした。そういう意味でいえば、今回の「北口」裁判も同じような部分があると思います。北口氏個人に悪意うんぬんという問題ではなく。

 北口氏は自分の言い方に矛盾があることを気がついていないですね。

 善意でやってあげたことに対して人権協会の反応が気に入らないのでしょう。しかしその善意の中身がなんなのか、ということを本人が知ろうとしない。そこが問題ですね。

 裁判の陳述書には「ここまでのことをやっていても北口氏の周辺の人たちがなんら異議を唱えないところに深刻さを感じる」と書きました。仮に個人対個人の揉め事とあったとしても、やっている中身が在日に対する攻撃であることには間違いありません。にもかかわらず、他の解放同盟の人たちは沈黙を守るとは、一体どういうことでしょうか。

 周りの人たちは北口氏の言っていることの間違いや問題点について気がついていないと思います。個人的感情として、北口対徐というふうに周りが捉えているんだと思いますね。

 徐と北口氏の喧嘩にしておいたほうが楽だからよ。

 僕自身が攻撃を受ける以前と以降で、何が違うかというとお金の問題ですね。攻撃を受けるまでは貧乏しながら、八尾で*6トッカビ子ども会を立ち上げ、それなりの運動をやってきました。そして民闘連から人権協会になり、事務局を構え、差別企業を糾弾し、役所から人権に関する啓発予算をもらうようになりました。そして、北口氏の財布といわれる日本生命にまで行き着きました。その日本生命との交渉のとき、彼が妥協案を出したんです。「ここは引け。その代わり、日本生命には徐くんのところを支援するよう俺から話をしておく。窓口は俺なんだ」と。単独で交渉するなということで、そこがポイントでしょう。あくまでも従属する関係ならそれなりの配慮もする。単独で行動するなら、叩くぞということです。

◆新しい時代に合った運動の展開を

 われわれ在日のほうにも脆弱さがあって、そこをつけこまれたんじゃないでしょうか。というのは、KMJの講師事件では、2000年10月に私がKMJ事務局長として、北口氏から呼ばれたとき、北口氏から人権協会のメンバー2人(NPO多民族共生人権教育センター現理事長と事務局長)が助けを求めて相談に来たと言っていました。それによって北口氏が自分の行動に正義感をもったように思います。

 確かに北口氏がNPOの設立集会のときにも自ら言っています。「人権協会のメンバーが相談に来たから対応した」と。

 内部の問題について、なぜ解放同盟に助けを求めたのか。自分の立場が危うくなると見境がつかなくなるのでしょうか。このときもお金の問題が絡んでいました。

 在日コリアン人権協会は事務所を構え、専従員をおき、事業を拡大していきました。専従員を5〜6人おいて事業を展開することによって、それなりの社会効果はあったと思います。ただ、持続できなかったという問題については真剣に反省しないといけないでしょう。しかし、お金でもめて辞めたスタッフのなかに、人権協会をやりたいという人間は出てこなかったですね。

 解放運動もそうでしょう。解放運動を本当にやりたいと真摯にいう人は少なく、解放運動を通じて、公務員になりたいという人間はいっぱいいます。お金と運動との関係の行き着く先ですよ。

 人権協会は差別事件と闘い、差別した企業から啓発予算を出させたり、同胞起業を解体工事に参入させるなどを行ってきました。それがすごくいやらしいという感覚を内部の人間も持っていたということです。

 僕らも少しは持っている部分がありますよ。市民運動は清貧であるものというイメージから抜けられないですから。たとえば、運動において、職員には給料を払い、ボランティアは無償という線引きの難しさがあります。その難しいことをやらざるを得ず、つい清貧と事業の感覚が入り乱れてしまうんですね。

 しかし、北口氏が人権運動でお金を得てはいけない、というのはおかしいでしょ。差別をした企業にペナルティを科して、そのお金で啓発活動に使ったり、若い在日の就職セミナーの開催に使ったり、事務所の維持に使うことになんの問題もないはずです。

 同じことを北口氏もやってきたんでしょ? けれどあんなことを言うのはなぜ?

 わかっていてあえて言っているのでしょう。我々は得たお金を運動に使い、コンサル料にしても蝪烹覆貌金して人権協会の運動に貢献してきました。よく似たことは解放同盟もやっています。それが間違いではないことを堂々と言うべきです。人権協会が企業の解体工事に参入することになんのも問題もありません。人権協会を辞めていった人たちは、うちにいた頃はそれは正しいと言っていたのに、辞めてしまえば、それはいやらしいお金と言います。理論的な確信を持っていないですね。

 民族差別をした企業に対して、同じことを繰り返さないよう研修を行ってもらいますが、当然経費が発生します。そんな当たり前のことを北口氏が否定しているとは不思議でなりません。

 同胞社会でも民族差別と闘い、事業に参入してお金をとるのはおかしいと言う人がいます。そういう社会意識に負けてしまうでしょう。

 市民運動体はいつも貧乏しているから、みなが助けてやらないといけないという風潮が未だにありますね。そことの決別をいかにやっていくか。そのためには団体や組織を正当に評価する機関が必要で、アメリカにはそのような機関があるけれど、日本はまだそういう仕組みが整っていません。

 運動で得られたお金をどういうふうに使うか、そのための評議会を作って、弁護士や公認会計士にも委員に入ってもらい、毎年きちっと報告するのも方法でしょう。

 企業や行政だけでなく、もっと広く社会からお金を集める方法を考えるべきでしょう。

 それは大事なことですね。

 バザーをやるなど、他団体のいいところを見習っていきたいですね。資金集めには、両輪が必要で、一方では会費やバザーの収益をこまめに集め、他方は大胆に企業と交渉していく。人権協会はこまめな部分がおろそかになった時期がありましたね。

 会費徴収がおろそかになり、講師料の大きさに気がいってしまいました。

 個人の会費(支援)は大切ですよ。

 そういえば北口氏に走った人たち(元、人権協会メンバー)も、そこに群がることで食えるという事実があったのでしょう。

 ところで大阪の解放同盟に関わる不正事件はいかにも大阪らしいという印象がありますね。

 なんで駐車場の管理委託先が同和地区の団体なのか、と思いますね。広島でも地域の駐車場があるが、地元の町内会の収入になっています。地域に駐車場ができることでそこに多少の迷惑もかかるわけだから。特定の同和地区ではないですよ。

 もう一つの問題なのはその金が正しく運動に使われていないことでしょう。

 在日コリアンの人権問題について、部落解放同盟、北口氏がどう考えているかをきちんと追求していく問題だと思いますね。

 人権協会をうちたてるときに、在日の自立を主張したけれど、自立をするとこんな風に妨害に遭うとは。

 日本の人権運動は、解放同盟は中心を担ってきたから、そことの関係をきちっと検証しないと、在日コリアンの人権運動の展望も捉えられません。

 正しい関係、正しい距離というのがありますね。90年代は人権の時代だったが、2000年にはいってから人権の予算が本当に少なくなりました。

 いつまでも行政におんぶされているようではダメですね。

 運動側も時代の変化を汲み取って、少しずつ変わっていく時期にきているのですね。

*1 提訴: 1997年、在日コリアン人権協会(以下人権協会)は、日本生命が起こした差別事件について抗議行動を起こした。この問題について、北口末広氏(近畿大学教授、部落解放同盟中央執行委員、同大阪府連合会書記長)は、日本生命が人権協会関係の組織から教材等を購入することを条件に、差別事件については「何もなかった」ことにするよう要求した。人権協会はこの要求を断り、抗議行動を継続。このことを契機に北口氏は、人権協会と当時の会長(原告)に対して誹謗、中傷、妨害行為を繰り返した。北口氏は、影に隠れて誹謗中傷を繰り返すばかりで、一貫して議論を避けた。また自分の影響下にある在日コリアンを盾にし、在日同士が対立する構図に仕立てたため、私たちは長い間反論を控えざるを得なかった。しかしその後、一部の企業や団体が北口氏の誹謗中傷を利用して、民族差別事件の話し合いを放棄し、就職や啓発活動を後退させる等の動きが現れ始めた。北口氏の行為が在日コリアン全体の人権と生活に悪影響を及ぼすに至ったことから、私たちは改めて北口氏に対して話し合いを求めたが、受け容れられなかった。そのため、残された選択は裁判以外にはないとの判断に至った。
*2 大成建設: 在日コリアン人権協会(以下、人権協会)の指導のもと、KJ同友会と大成建設株式会社(以下、被告大成建設)は、2002年から、定期交流・学習会を共催していた。03年の定期交流・学習会は、同年7月25日に開催された準備会において、講師を人権協会の副会長である原告と大阪市立大学大学院創造都市研究科教授の訴外柏木宏(以下、柏木教授)に決定した。その際の講師料はそれぞれ10万円とすることとし、被告大成建設と原告との間で、被告大成建設が原告に対して、講師料10万円を支払うことで合意した。ところが被告北口の妨害行為により、交流・学習会は中止になり、原告は講師料10万円を取得できなくなった。
*3 KMJ研究センター: 行政の認可を受けた社団法人として、在日コリアンの人権の研究・啓発活動を展開。もともとは在日コリアン人権協会の傘下団体として発足した経緯がある。
*4 大阪同企連 : 1978年(昭和53)2月22日大阪市内に本社・事業所をもつ「部落地名総鑑」購入企業52社が、「同和問題の早急な解決が国民的課題であり、同時に企業に要請される社会的責任であるとの認識に立って、関係行政機関等と協調しつつ、同和問題に対する正しい理解・認識を深める等、企業の立場から同和問題の解決に資することを目的」として発足。組織内に雇用問題と啓発問題の2つの検討委員会を設けている。
*5 オールロマンス事件: 1951年京都市において、市の職員が雑誌「オールロマンス」に小説「特殊部落」 を寄稿。 この小説は同和地区の人々をきわめて差別的に描写した。この事件で部落解放委員会(部落解放同盟の前身)は、市行政が部落の劣悪な状況を放置していたことが、差別を助長する大きな原因であると、行政の責任を指摘。 結果、京都市は部落対策の総合計画を作り、同和行政推進のための積極的施策を行った。 この事件が以後の地方公共団体の、同和行政への取組を推進させるきっかけになったといわれている。
*6 トッカビ子ども会: 1974年10月、在日コリアンの子どもたちを支えるために設立された組織。